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こんにちは。
音叉ヒーリングアカデミーの
健太郎です。

今日は独り言的なブログ。

最近ドラマの
「地味にスゴイ!」にはまってます。

石原さとみがかわいい(笑)
というとアレなのですが、
河野悦子のあの溌剌とした感じや
なんでも思っていることを
口にしてしまう感じとか、
それが故に事件を巻き起こすとか(笑)

私はだいたい言葉にするときは
フンフンと考えがちなので
隣の芝生が青く見えるというか
なんというか。

ドラマの何回か前の回で
「見えないところで頑張っている人もいるんだよ」
というテーマの回がありました。

当たり前だと思って生活できていることが
実は沢山の人の支えで今日も動いてる、
と、観ていてとても胸がいっぱいになったのでした。

その人たちは
自分がやっているんだと主張することもなく
むしろそんなことがわからないくらいのほうが
うまくいっているのだと。

校閲自体も私たちの全く気づかないところで
行われていて、
そうやって本が出来上がっているんだと
思うとなんか一つのものであって
そうではないというというか。。。

本はどこか遠い世界の感じがあったりもするけど
こうやって沢山の方が関わっていて、と思うと
身近な感じがしてくるなぁと思った次第でした。

それぞれのものに
それぞれのストーリーがあるんだなぁと。

そこに触れさせてもらえた時とかは
妙に心がキュンとなるのですね。

当たり前のことが
やっぱり当たり前ではないのだなぁと。

見えているのはホンの一場面だけなんだと。

生きていることもそうなのかもしれないなぁと思いつつ

そう思えたり思えなかったりで。

それでも、そんなことに触れる時間を
生活の真ん中に置くことで
今、目の前のことを大切にしていきたいと
少しづつ思えるようになってきたのかもしれない。

私も少し大人になったものだ。。。

ちょっと前までは
変わらなきゃ、変わりたい
もっともっと、と思っていたのでした。

そこにどんなストーリーがあるのか?って思うと
ちょっと冒険みたいで、なんかいいですよね。

きっと楽しいことだけではなく
泣きたいくらい辛いこともあったりで。

それがまるっと
なんかOKみたいな。

どんなだめだめでも
いっしょにいてくれる家族や仲間は本当に
ありがたいものです。

いつも完璧である必要もなく。

むしろちょっとかけていることがあるほうが
愛らしく見えるのかもしれない。

今の世の中
完全であることを求められたり
求めたりとでちょっと息苦しさを感じる部分があるからこそ
なのかも。

ちょっと足りないくらいがちょうどいい。

それを愛でるくらいがちょうどいい。

なんとなく最後に
吉野弘さんの祝婚歌を思い出したので
シェアして終わりにします。

「祝婚歌」 吉野弘
二人が睦まじくいるためには

  愚かでいるほうがいい

  立派過ぎないほうがいい

  立派過ぎることは

  長持ちしないことだと

  気づいているほうがいい

  完璧をめざさないほうがいい

  完璧なんて不自然なことだと

  うそぶいているほうがいい

 二人のうち どちらかが

  ふざけているほうがいい

  ずっこけているほうがいい

 互いに非難することがあっても

  非難できる資格が自分にあったかどうか

  あとで疑わしくなるほうがいい

 正しいことを言うときは

  少しひかえめにするほうがいい

 正しいことを言うときは

  相手を傷つけやすいものだと

  気づいているほうがいい

  立派でありたいとか

  正しくありたいとかいう

  無理な緊張には色目を使わず

  ゆったりゆたかに

  光を浴びているほうがいい

 健康で風に吹かれながら

  生きていることのなつかしさに

  ふと胸が熱くなる

  そんな日があってもいい

 そしてなぜ 胸が熱くなるのか

  黙っていてもふたりには

  わかるのであってほしい